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SYK心理オフィス

「おにぎり」と「おむすび」

「おにぎり」と「おむすび」
この違いについて知ったのは
哲学科時代、大学生のときだった

できるだけ古い語源と歴史
原点を追求するゼミの先生の影響で

きちんと意味を知って言葉を使おうと
意識を正したようにも思うし

大学生になる前に
古典か国語の先生の影響で

いい加減な言葉を使ってはいけないと
意味のある文字を略してはいけない
生き方そのものを正されたようにも思うし

さまざまな対人関係の中
ショックや傷つき体験とともに

言葉によって世界や人とつながる
必要性を学んできたようにも思う

🍙

いずれにしてもそれから
軽々しく「おむすび」
だなんて言えなくなり

厳密に言えば真白いものしか
「おむすび」と呼ばないのではないか
中に具が入ったり海苔が巻かれたものは
「おむすび」と言えないのではないか
いや、海の幸、山の幸
入っても良いのではなかろうか

実家へ行ったときに残りご飯を包んで
お土産に母が持たせてくれるのは
「おにぎり」で間違いないだろう

自分で作って昼食用に職場へ持っていくのは
「おむすび」ではないのは確か
かといって「おにぎり」かというと
そうではないような気がする
弁当か、いや弁当でもない
炊いたお米を丸めた昼食か
それが最も近いように思う

街を歩けば
こっちの商品は「おにぎり」
あっちの商品は「おむすび」
名付けたのは誰だろう
どういう思いで付けたのだろう

などと、どうでもいいことを考えてしまう

「おにぎり」と「おむすび」のことに限らず

挙げ句のはてにはどうでもよくなり
考え始めたきっかけなんて忘れ
疲れ果ててしまうのに
スイッチが入ると思考が止まらなくなる

🍙

「おにぎり」と「おむすび」どこからどこまで?

これ倫理学の授業で扱おうか
いやいや私の個人的な趣味に
学生たちを巻き込むことはできない
テーマはちゃんと選ばないと
でも私が担当するんですもの
授業の感じは近からず遠からず
きっとこんな議論をしてゆくのだろう

答えのないことを
考えるとか
追求するとか
違いを求めるとか
多分どうでもいいのだけれど

ボーッと生きてると
サヤカ先生に叱られる
なんて言って楽しみながら

自分を守るための倫理を
身につけるきっかけになるといい